トマトのおじさんとトマト泥棒の物語
トマトのおじさんこと親戚のおじさんのお話です。
トマトのおじさんの甘いトマト
子どもの頃はお盆になると祖父母が生まれた田舎にお墓参りに行く習慣がありました。
田舎で農業をしているトマトのおじさんは祖父の兄弟で、日に焼けた肌と白髪混じりのパンチパーマが印象的でタンクトップ一丁で過ごしています。
文章だけだとかなり強面ですが、いつも笑顔でおっとりしていますよ、笑。
トマトのおじさんの畑は家の前のハウス栽培の畑と、少し離れた場所にジャガイモ畑とお米を作る水田があります。
北国でも南の方にあるその場所は、夏真っ盛りの日差しと水田から蒸発する湿気で蒸し暑く、当時は暑さに慣れない北国っ子の私は常に汗を滲ませていたと思います。
その暑さの中で、さらに暑いビニールハウスで真っ赤に熟したトマトをもいでかぶりつくのがお墓参り旅行の楽しみでもありました。
トマトのおじさんの作るトマトは市販のものよりも特別甘く、酸味は僅かしか感じない果物のような美味しさでした。
大人になってから聞いた話ですが、そのトマトはJAに出荷する規格のものではなかったため特別甘く作ることができていたそうです。
トマト泥棒
私が小学校の高学年に訪れたとき、いつもの習慣で畑を散歩しているとある看板を見つけました。
看板の意味を知らずに母親と祖父母に話すと、興味の湧いた母親はさっそく私に案内をさせて畑に向かい看板を見て大笑いしていました。
看板にはこう書かれています。
「農薬がかかっていますので、水道で洗ってから食べて下さい」
母親が大笑いする意味がわからずに尋ねると
「これ泥棒にも親切に言ってあげてるんだ、おじさんらしいね」
と、はじめて看板がトマト泥棒に向けて洗って食べるように注意しているものと知りました。
帰ってきた祖父母と母親がトマトのおじさんに尋ねると、幹線道路側のハウスだけ夜の間に10〜20個持っていく人がいるとのことでした。
ちなみに家の施錠をする習慣のない北国の田舎です、野菜泥棒がいることも当時は珍しいくらいでした。
誰が困るわけでもない
「ちょっとおかずにするくらいだ、ウルさく言うことでもないよ」
母親が泥棒対策をしてはと言ったもののトマトのおじさんは逆に笑い返していました。
「どこに下ろす(売る)わけでない、困らんよ」
トマトのおじさんによると出荷用でもなく、お盆にお墓参りに来た親戚に分ける他は同じ親戚の営む商店の直売所に出したりする程度であまり困っていないからいいということでした。
犯罪は犯罪ですが
確かに野菜泥棒は刑罰のある犯罪ですし、盗みは人としても恥ずかしいことです。
盗んだ人が食べたトマトは私が食べたトマトほど美味しくはなかったことでしょう。
まず、その人は何かを盗んで手に入れる考えから改めなければなりません。
そして、盗まれた方は………誰も困っていないのであれば、トマトのおじさんのように泥棒に情けをかける方がたまにはいても良いのかもしれませんね。
ただ、「情けをかけても良い」だけで「情けをかけたほうが良い」わけありませんよね。
むしろ、警告の看板を書くなり通報するなりした方が良いと思います。
どうなんでしょう?トマト泥棒の良心に刺さる方は、やはり「農薬がかかっていますので、水道で洗ってから食べて下さい」の看板を見てその後トマトを盗めたかになりますよね。