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『超訳 仏教の言葉』悩み事相談のお坊さん厳選の仏教用語〜実用編

著者 鳥沢廣栄
出版社 株式会社 彩図社
分類 実用書



暮らしに役立つ内容

意地を張る〜それは良い意地か悪い意地か?

仏教では、人間の働きを「眼によるもの、耳によるもの、鼻によるもの、舌によるもの、体の接触によるもの」の五種類に分けます。これを五蘊といいます。
眼・耳・鼻・舌・身体の働き自体には、善も悪もありません。しかし、ここに思いが入ると「善」「悪」「どちらでもない」という感情が生まれます。見たい見たくないら聞きたい聞きたくない、いい匂い嫌な匂い、良い味悪い味、触れたい触れたくない、または何とも思わない、という欲が生じるのです。その欲を生じさせる元である思いのことを「意地」といいます。意地は五蘊を支配しているのです。
仏道修行者は、この五蘊を欲の支配から解放しようとします。見たい・聞きたい・嗅ぎたい・味わいたい・触れたいという欲をコントロールするのです。つまり、五蘊を支配している意地を支配するのです。
第1章 心が軽くなる仏教の言葉 p20-p21


五蘊を五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)、意地を好き・嫌い・どちらでもないに当てはめると、というよりも既に当てはまっていますが。

これは、ワガママを戒めることだと思いました。

例えば、納豆のネバネバ(触覚)が嫌い(意地)だと「食べたくない」(欲)ですよね。

まさに私ですが。

たまたま出先の朝食で納豆が出たとき、「食べたくない」という欲があるものですから、勿体無いと思いつつ残さなければなりません。

食べ物を粗末にした罪悪感も、朝食を作ってくれた方への申し訳なさが心に響きます。

元々、納豆が嫌いでなければ心は痛まないはず。

つまり、ワガママを少なくしなさいということになります。

実践してみましたよ、とろろも長芋もメカブも食べれるようになりました。

納豆はまだ苦手です、ネバネバの五蘊の他にも匂いの五蘊があるんですね、きっと。


上品と下品〜出来ることなら上品に生きたい

通常、上品は「じょうひん」と読みますが、仏教語では「じょうぼん」と読みます。同じく下品も「げぼん」と読みます。さらに、一般にはない中品があります。
これは、もともとは品位を表した言葉ではありません。極楽へ行けるかどうかを表した言葉なのです。
中略)
生きているときの品性は、死後にも大きく影響します。できることなら、信仰を持って、心穏やかに、上品に生きたいものです。
第1章 心が軽くなる仏教の言葉 p42-p43

10代の頃なんかは、「好きに生きてさっさとこの世とおさらばしよう」と好き勝手に生きていた気がします。

そのとき死んでいたら、きっと地獄で反省しなければならなかったでしょう。

今生きて反省できて、良かったと思います。


迷倒自纒(めいとうじてん)〜誰もが陥る悩み事の罠

道に迷うと、自分がどこにいるのかさっぱりわからなくなり、ますます迷ってしまうことがあります。悩み事も同じで、一つ抱えると、次から次へと悩み事が重なって、どう対処していいのかわからなくなってしまいます。
中略)
どうしていいか分からない、でもこのままじゃいけない、焦燥感、身の置き場のないつらさ、八方塞がり、疑心暗鬼。こうなると見えるものも見えなくなりますし、小さな出来事も大きな不安になってしまいます。しかも、なかなか抜け出せません。まるで蜘蛛の巣にかかった虫のようです。一体どうすれば、その罠から抜け出せるのでしょうか。
最も簡単な方法は、考えることを止めることです。どうにでもなれ、なるようになるさ、と開き直ってしまうことです。迷路から飛び出すのです。蜘蛛の糸を切ってしまうのです。そうすれば気づかなかった抜け道や見えなかった道に気づくこともありましょう。
第2章 道が開ける仏教の言葉 p110-111


この言葉を見たときに、何度もページを読み返しました。

迷倒自纒(めいとうじてん)、私が悩み事を抱えているときに凄く当てはまるからです。

仕事でもプライベートでも、悩み事が起きると解決したくて、解決方法を何通りも考えては行動、それでも上手くいかなくて解決できないことも悩み事になって………そのループから抜け出せなくなる感覚、苦しいなぁ。

そういうときは、一旦悩むのをやめて客観的に今の状況を見てみることが大切なんですね。

以前、道が濡れていたことのお話()で自分の目線の狭さに気づいたときとそっくりなお話。

皆さんも経験ありませんか?



最も大切な内容

如実知自心(にょじつちじしん)〜自分の心を客観的に知ること

自分の心を全て知り尽くすということは、大変難しいことなのです。嫌な面・いい面を客観的に分析し認めることは、なかなかできるものではありません。他人から指摘されても、「その通りです」と素直には言えないのが人間なのです。
だからこそ、自分の心を把握することは大切なのでしょう。自分はどんな性格か、どんな心の持ち主なのかをよく知り、嫌なところを認めることができれば、自分自身が変われるのです。自分自心の真実を知り、素直に認めることは、まさに覚りなのです。
第1章 心が軽くなる仏教の言葉 p46-47

「自分のことは自分がよくわかっている」よくある言葉ですが、実は自分のことはよくわかっていないこともありますよ。

私はそうですね、自分が良いと思っている自分は周りにそこまで良いと思われていなかったり、逆に良くないと思っている自分が良いと思われたり。

きっと自分が良いと思っている自分は「自分が好きな部分」で、良くないと思っている自分は「好きではない部分」なだけ、周りがどう思っているかはわからないんですよね。

大切なことは「素直に認めること」なんですよね。


合唱(がっしょう)〜自分自身の真の姿

合掌の姿は、相手に対して敵意がないことを象徴しているといわれています。両手を合わせ相手から手が見えるように胸の前に置くことで、武器を手にしないことや攻撃を仕掛けないことを表現しているのです。また、右手は清浄を表し、左手は不浄を表します。その清浄と不浄を合わせることにより、人間の真実の姿を表現しているともいわれています。
中略)
合掌したときの心は、何も飾ることのない、鎧を脱いだ、あなた自身の真実の姿です。心の中で合掌しあえる関係になることができたら、幸せなのではないでしょうか。
第1章 心が軽くなる仏教の言葉 p72-73

手で食事をする仏教国では、左手は汚れた手で使わないといった話はよく聞きますよね。

合掌のときに合わせる綺麗な右手と汚れた左手、自分の綺麗な心と汚れた心も合わさって「自分はここにいますよ」と表していることになりますよね。


無我無畏(むがむい)〜我から解放されて楽になる

人は誰でも自分を中心にして物事を考えます。自己の知識、認識、思考や想像力を基本に世の中の出来事を判断したり、他人との関係を築いたりします。自分の物差しで世の中を見ているのです。
そこには、必ず「自分」という「我」が存在しています。この「我」が周囲との調和がとれているときは、何も問題はありません。ところが、ひとたび「我」が周囲と不調和になったとき、様々な軋轢が生まれるのです。
人の考えはそれぞれです。いろいろな意見があって当然なのです。自分の意見や生き方だけが正しいやけではないのですから、時には「我」を捨ててみましょう。今まで気がつかなかった周囲との関係に、きっと気付くことでしょう。
第2章 道が開ける仏教の言葉 p92-93

この無我無畏(むがむい)のページも「はっ」とさせられる内容でした。

私たちは世の中の物事を自分の物差しに照らし合わせて、「これってこういう考え」と当てはめていっています。

自分の知識、認識、思考や想像力、自分の物差しこれがないと物事を判断できないですよね。

この自分の物差しが短く、考え方が狭かったりすると「我」が周囲と合わなくなるのでしょう。

まだまだ白黒つけたがる物差しが残っている私、もう少し物差しの長さを伸ばさないといけませんね。


律儀無表(りつぎむひょう)〜良いことを習慣化

真の律儀な人とは、善い行いをしようと誓って、それを毎日実行し、習慣化してしまった人のことをいうのですり知らず知らずのうちに、善い行いをしているというのが本物なのです。
それは、誰しもふとしたときに行っていることではないでしょうか。無意識のうちに善いことをしているというのは、よくあることです。実は、誰もが律儀無表な人なのです。
第3章 人生が豊かになる仏教の言葉 p156-p157

誰もが律儀無表(りつぎむひょう)、この言葉で気持ちが暖まりました。

はじめは「常に善いことを行えるようになった方がいい」と考えましたが、実はもうしていたこともあったなぁと思います。

コンビニのお釣りから募金箱に入れることだったり、外出先のドアで譲ることだったり、大したことではありませんが小さなことなら習慣化して身についているものだなぁと思い返すことができます。

ふとしたときだけではなく、多くの場面で善い行いができるようになりたいと思いましたよ。



お勧めの理由

読んでほしい人


超訳 仏教の言葉』は悩み事が絶えない人にぜひ読んでほしい1冊。

それは、花水(hanami)自身が悩み事をの迷路にはまりやすい性格だからでもあります。

よく悩み事に大きい小さいをつけたがる人もいますが、悩み事って自分自身がどう感じるかだと思います。

仏教の考え方には、それぞれの悩み事に応用できる柔軟さがあると思いますよ。

そして、自分の考えや頭の中を整理したい人にも多くの仏教用語を解説した『超訳 仏教の言葉』は役に立つヒントが見つかるはずですよ。


** 『超訳 仏教の言葉』をお勧めする理由

空いた時間でそっと開ける読みやすさ

見開き2ページに1つのテーマの解説と、鳥沢廣栄さんの解説がありかなり読みやすい本ですよ。

仏教の考えはどの時代でも応用できる

2000年以上前から人の心と向き合ってきた仏教の考え方。

それは、時代を問わず、私たちが人である限り応用できる柔軟さがあります。

悩み相談の豊富なお坊さんの著書

そして1番の理由は、悩み相談の専門家でもあるお坊さんが厳選した言葉を選んでいるからです。

悩み事の数は人それぞれですが、必ず1つは役に立つヒントが見つかるはず。


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