人気小説からタイムトラベル系の3つの共通点とリアルな2つのタイムトラベル例【ネタバレあり】
前回の
人気タイムトラベル系小説にある3つの共通点 - 本当に本が読みたくなる読書のブログでは、ストーリーの中でタイムトラベルの目的によって「タイムトラベル系小説」と「タイムトリップ小説」の2種類に分けられること。
「タイムトラベル系小説」には、『コーヒーが冷めないうちに』『ナミヤ雑貨店の奇蹟』の例では3つの共通点があるお話しをさせていただきました。
今回は、タイムトラベル系小説に3つの共通点がある理由をテーマに、作品のリアルなタイムトラベルシーンのお話しをさせていただきますね。
※この記事にはネタバレがあります。これから作品を読もうとされている方は、作品を読んでからお楽しみください。
タイムトラベル系小説に共通する3つの設定がある理由
タイムトラベル系小説の3つの共通点
①タイムトラベルの仕組みは書かれていない
②何らかの制限がある
③「現在」は変わらないけど「未来」は変わる
タイムトラベル系小説の中でも、ストーリーの流れにタイムトラベルを取り入れ、知らなかったことが分かる「タイムトラベル系小説」にはなぜ何故3つの共通点があるのでしょう?
それぞれ、理由を考えてみましたよ。
❶タイムトラベルの仕組みよりストーリーに注目してもらう
1つ目はの理由は、仕組みよりストーリーに注目してもらうため。
これは、①タイムトラベルの仕組みは書かれていないことの理由になります。
何かの理論や技術のお話よりも、物語のストーリーに注目してもらう目的があるのでしょう。
もし、『コーヒーが冷めないうちに』や『ナミヤ雑貨店の奇蹟』でタイムトラベルの仕組みが書かれていたら。
ストーリーよりも、「理論通りになっているか?」「技術的に矛盾はないか?」と細かな点に目が行きがちです。
一方、タイムトラベルの仕組みが曖昧だからこそ、「そこは置いといて」と登場人物の目線で物語を楽しむこともできますよね。
❷ストーリーや登場人物に新しい伏線が生まれないため
こちらは、②何らかの制限があることの理由です。
過去を訪れた登場人物に時間や場所の制限がなく、自由に誰かと会えるなら、戻ってきた後の現在で生まれた多くの伏線を回収しなければならなかなります。
「実はナミヤ雑貨店に相談に来た登場人物はタイムスリップした3人組との出会いで………」と、とても複雑になりストーリーが大きく変わってしまいます。
もちろん、物語のテーマがズレないように作家さんは1つ1つ伏線を回収すると思いますが、ミステリーのように頭を使いそうです。
伏線の謎解きにならないよう、制限時間があったり、移動できない制限があるのでしょう。
❸リアルな現実感
最後の理由は、③「現在」は変わらないけど「未来」は変わることです。
これは、とても現実的だと思えます。
なぜなら「今」私たちが何か思ったり、行動しても「今」は変わりません。
変わるのは、少しだったりずっと遠い「先」の未来。
時間は常に進んでいて、私たちは未来が変化することを現実で体験しています。
「戻ってきたら大金持ちになっていた」よりも、「戻ってきて、過去をヒントに新しい事業を始めて大金持ちになった」の方が物語をリアルに感じることができます。
物語の世界に現実感を生むために、「変わるのは未来だよ」と作家さんがメッセージを込めているのかなと、私は思います。
『コーヒーが冷めないうちに』 、2つの自然なタイムトラベルの例
タイムトラベル系小説に共通点がある理由もまた、3つあると思います。
❶タイムトラベルの仕組みよりストーリーに注目してもらう
❷ストーリーや登場人物に新しい伏線が生まれないため
❸リアルな現実感
人気のタイムトラベル系小説、『コーヒーが冷めないうちに』の2つのシーンに当てはめてみましょう。
恋人がアメリカに行ってしまったキャリアウーマンの清川二美子の場合
社内で評判の美人で仕事もできるキャリアウーマンの清川二美子は、1週間に恋人の賀田多五郎と訪れた喫茶店で悲しい別れを告げられることになった。
アメリカでキャリアを積みたいと旅立つ賀田の背中を、プライドと彼が成功してほしい気持ちで涙をこらえ見送る二美子。
もう、1度彼に会って気持ちを伝えたい。
1週間悩んだ彼女は、誰もが思うように、喫茶店のテーブル席に座り過去へと向う。
時田数の入れたコーヒーの湯気に乗って、二美子が向かった先は1週間前に訪れた喫茶店。
変わらない喫茶店の店内、人だけか1週間前と入れ替わっていた。
目の前には、アメリカへ旅立つ前の賀田多五郎の姿。
会話を切り出す間もなく、旅立つ五郎を引き止められない。
ひと口飲んだコーヒーは、すでに冷めてしまう直前。
たどたどしい二美子へ、優しさを含んだ声をかける五郎。
突然過去へ戻った二美子と、旅立つ直前で落ち着かない五郎、2人会話は噛み合わず時は訪れる。
言えない、「行かないで!」「私を置いて仕事を取るの!」とプライド、嫉妬がまた邪魔をする。
心の中では言えてるのに、声に…出ない。
『過去を変えることはできない』
もう間に合わないのだ、二美子は冷める直前のコーヒーを一気に流し込んで五郎の最後の言葉を聞いた。
思い出せなかった言葉が続く、キャリアウーマンで美人の二美子に自分は釣り合ってはいないんじゃあないか。
気がついてあげれなかった五郎のコンプレックス。
「(これで、いいんだ)」
目を閉じようとする二美子に五郎背中越しに語りかけた。
「……3年待っててほしい……必ず帰ってくるから。帰ってきたら……」
最後の言葉、「またコーヒーでも奢ってください」、そう聞こえた。
朧になる風景がはっきりすると、再び現在の喫茶店に座っていた。
「(確かに、過去は変わらなかった、それなら未来は…まだ訪れていないのかも)」
認知症の夫と暮らす看護師 房木佳代の場合
若年性アルツハイマー病で、妻のことを忘れてしまう時が増えた常連客の房木康徳。
妻の房木佳代は、たとえ妻として忘れられても看護師として夫を支える思いから、旧姓の高竹佳代を名乗り夫と暮らしていた。
ある日、夫の房木が妻に渡したかった手紙があることを知った佳代は、手紙を受け取るために3年前の過去へ訪れることに…
時田数の入れたコーヒーから立ち昇る湯気、その湯気に乗ったのだろうか?それとも佳代自身が湯気になったのだろうか?
気がついたのは、先ほどまでいた喫茶店の店内、客は佳代1人。
本当に過去に戻れたのだろうか?
僅かな時が、長くも感じられ、突然鳴った入口の開く音、その先には夫 房木康徳が立っていた。
若年性アルツハイマー病は、夫の記憶とともに寡黙な職人気質を穏やかな初老の男性へと変えていた。
目の前に立つ夫の目力の強さ、ひと言ふた言しか語らない寡黙さ、感情を表に出さない物静かさは佳代にとって懐かしい夫の姿だった。
普段は、多くを語らない夫の力強い目の奥にある、大きな不安を職業柄感じ取った佳代は声をかける。
そして気になる答えを求めた。
「私に渡したいものがあるの?」
すると口数少ない夫から、意外な答えが…
「未来から来たんだろ?」
思いもよらない答え、房木康徳は3年前すでに若年性アルツハイマー病の診断を受け将来の不安を気持ちいっぱいに抱えていた。
口数少ない夫が、3年後の先で自分達はどうなっているのかを矢継ぎ早に尋ねる。
「治っているから」
そう言って安心させることしか言えない佳代。
時間は限られ、コーヒーはもう冷めてしまう。
最後の一言に振り返らない夫の背中を、揺らめく風景とともに後にした佳代。
過去に戻れるテーブル席からカウンターに移り、夫が捨てておいてくれと手渡した手紙を開いた。
『たとえ、お前のことをわすれるようなことが、あったとしても、お前は、きっとれいせいに、かんごし、として自分をころし、うまくつき合ってくれることだろう。でも、これだけはおぼえていてほしい。……おれの前で、かんごし、であるひつようはない……夫婦だから。きおくを、うしなっても、おれは夫婦でありたいと、おもうから。どうじょうだけで、いっしょに、いるなんて、まっぴらごめんだ』
『コーヒーが冷めないうちに』p170 房木の手紙より
元々、字を書くことが苦手だった房木康徳の口にできなかった思いが、ひらがなと僅かな漢字で綴られていた。
寡黙で言葉で語ることが少ない夫の気持ちを、表情や行動から察して思いを受け取っていた佳代。
夫の房木康徳もまた、佳代が変わっていく自分とどう暮らして思い詰めていくのかを、ちゃんとわかってくれていた。
看護師の高竹佳代として、自分を忘れていく夫と接していた佳代の姿を、房木康徳は望んではいなかった。
どうなっても、夫婦でいたいと……
過去で受け取った、夫が渡せないままになっていた手紙で改めてお互いを知ることができた2人。
佳代はもう1度、房木佳代を名乗り夫婦として康徳と暮らすことにした。
過去へ戻っても、夫の病気を変えることはもちろんできず、消えていく夫の記憶中にいる自分を取り戻すことはできなかった。
それでも、お互いが望むまま夫婦でい続ける、少なくても今日帰ってからの未来はすぐに変わった。
特別なコーヒーでも、フワッとした表現
過去へ行く方法は、「テーブル席に座り」「時田数の入れるコーヒーを飲む」こと。
このコーヒーは、キッチンで淹れたコーヒーを時田数が普段とは違うサーバーで注ぐシーンがあります。
過去へ行くシーンでは、淹れたてのコーヒーの「湯気に乗って」「湯気のように」と徐々に視界がボヤけ意識を失い、気がつくと過去についているシーンが2つの物語で描かれていますね。
「コーヒーの効果」に触れられていない分、過去へ行った後の登場人物が交わす会話と気持ちの変化に目を向けることができます。
テーブル席を立てない、時間制限が戻った後のリアルさを生む
また、過去へ行った後はテーブル席を立つことはできず、コーヒーが冷めるまでは僅かな時間。
限られた時間の中で、会いたい相手へ伝えたいことを言い終えるまで一緒にいることも、ついて行くこともできません。
どちらのシーンでも、清川二美子は恋人の賀田多五郎、房木佳代は夫の康徳としか会話を交わしていません。
現在に戻った後も、賀田多五郎の意思はアメリカから帰ってくるまで知ることができず、房木康徳は記憶障害で確かめることはできません。
過去で会った相手と、過去を訪れた2人の間にしか出来事は存在しないことが、戻ってきた後のリアルな現実感を感じさせてくれます。
房木佳代は手紙を持ってきたけど…
1つ疑問に残ることは、房木佳代は夫の康徳が現在の時間で「渡そうとしていた手紙」を過去から持って帰ってきたシーン。
「渡そうとしていた手紙」は現在はどうなっているのか?
このシーンも、すごく上手く描かれていて、「渡そうとしていた手紙」を夫の康徳は持っていないことになります。
理由は、既に渡していたから。
そうなると現在が変わり、③「現在」は変わらない条件に当てはまらないのでは?と思いますよね。
実は「渡そうとしていた手紙」があるこたは、夫の康徳が言っていただけで誰も見てはいません。
「渡そうとしていた手紙」が、あるのかないのかも描かれてはいなかったんです。
そうなると、「渡そうとしていた手紙」
は初めから房木佳代が持っていたことになり、現在は変わっていないことになります。
タイムトラベル系小説に共通点がある理由とリアルなタイムトラベルのシーン
とても長いお話になってしまいましたが、ここでまとめさせていただきますね。
タイムトラベル系小説の3つの共通点、①タイムトラベルの仕組みは書かれていない②何らかの制限がある③「現在」は変わらないけど「未来」は変わる、にはそれぞれ理由がありました。
それは、❶タイムトラベルの仕組みよりストーリーに注目してもらう❷ストーリーや登場人物に新しい伏線が生まれないため❸リアルな現実感を生み出す3つの理由。
タイムトラベルの仕組みよりも、作品を楽しんでもらおうと考えた作家さんの思いからでしょう。
『コーヒーが冷めないうちに』から、2つの物語を取り上げてみました。
タイムトラベルの方法は、「特別なコーヒーが必要」ですが、「フワッとした表現」で登場人物に目を向けやすく描かれています。
過去に行った後に、「テーブル席を立てない、時間制限」があるため戻った後のリアルさを生んでいました。
この2つの、時間と場所の制限があることで、過去を訪れた人と会った人2人だけのやり取りになり、伏線が生まれることなく戻った後の自然さを生んでいました。
タイムトラベルをテーマに人気の小説を取り上げさせていただきましたが、いかがでしたか?
今回のように、物語の世界を細かく考えてみること記事を今後も更新してみますね。
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