スカーレティシア
昔々なのか、遥か未来なのかはわからない。
魔法と少々の科学が入り組んだ、都会と田舎の織りなす不思議な世界。
記憶をなくしても前向きな旅の少年ハリオは、遠い昔に書かれた「くすんだ日記」の謎を解く冒険をしていた。
花水由宇
くすんだ日記
ハリオが訪れた港町、使われなくなった倉庫で見つけたものは、数100年は経っていそうな「くすんだ日記」。
そこには、魚釣りが好きな青年「釣り好(つりこ)」がある森で「世の中で最も価値のある財宝」を見つけ、大好きな釣りをやめたことが書かれていた。
表紙の中身は破り取られた、書き出しだけの日記に財宝の予感は絶えない。
くすんだ日記の登場人物 釣り好によると、ある森の近くの「岩山の古城」で見かけた「世の中で最も価値のある財宝」を「ある森の中」で手に入れることができたとある。
その他、炭になるまで豆を焼き、すり潰した粉に水をかけて飲む黒い汁の作り方。
豚の鼻に釘を刺して明かりが灯るロウソクなど、少々怪しげな古の儀式について書かれていた。
「世の中で最も価値のある財宝」の響きに惹かれたハリオは、財宝を探して「岩山の古城」を目指すことに決める。
永遠の若さを求める魔女
「岩山の古城」へ向けて冒険を続けるハリオは、森の近くのとある街の喫茶店で、くすんだ日記に興味を持った魔女に声をかけられる。
喫茶店の張り紙で窃盗と詐欺で指名手配されていた魔女ロノシーは、身を隠すためハリオの冒険に同行することを申し出る。
ハリオよりも5〜6歳年上で20代前半のロノシーもまた、長い旅をしていた。
幼い頃から旅に出ていた彼女は記憶も霞み、旅に出る前のことは覚えていないという。
彼女の旅の表向きの目的は、「永遠の若さが得られる水」を飲むこと。
そして心に秘めた本当の目的は、生き別れになり、見つかるかもわからない最愛の人を探し続けるというもの。
記憶は定かではなく、名前も顔も思い出さえも思い出せなくても、旅の目的だけは覚えていた。
草原と河原の廃墟〜くすんだ日記の切れ端
くすんだ日記に書かれた言葉遊びの謎を1つ解くと、「岩山の古城」のおおよその場所がわかった。
地図で示された場合と実際の風景は、「岩山の古城」とはかけ離れていて、草木が生い茂り、小川が流れる廃墟。
くすんだ日記の上から、「草原と河原の廃墟」と書き換えたハリオとロノシーは、日記に書かれてあった6番目の石垣の角で古びた箱を見つける。
箱の周りには、魔女ロノシーも知らない古い魔法がかけられ、辺りから骨だけになった鉄の手を持つ亡者が這い出てくる。
亡者に追いかけられ、廃墟を後にした2人は、かろうじて残っていた岩山といえる高台で箱を開いた。
箱の中には、古びた古文書がある。
書かれていた文字は、くすんだ日記と同じ筆跡。
そこには、くすんだ日記の持ち主が登場人物の「釣り好(つりこ)」であったこと。
岩山の古城で出会った「森の女医」に恋をしたこと。
仕事でもあり生きる楽しみであった魚釣りをやめ、湖を離れてでも彼女と森で暮らしたかったこと。
「釣り好(つりこ)」と「森の女医」が暮らした場所は、「木漏れ日の家」だったことが書かれていた。
2人は、日記を持ち主の釣り好が最後に暮らした木漏れ日の家に返すことに決めた。
海風の家
くすんだ日記を頼りにたどり着いた場所は、海沿いの古びた一軒家
木漏れ日の家と呼ぶには似合わない、海風が抜ける石造りの建物。
ほどよく乾燥しているためか、古びていてもそこまで汚れは酷くはなかった。
ハリオとロノシーは、日記の上から「海風の家」と書き換えた。
壁の書き置き
壁には、海風の家の主人、「釣り好(つりこ)」の最愛の人「森の女医」の言葉が綴られていた。
「壁の書き置き」には、中年を超えた森の女医と20代の釣り好きの青年の結婚は、土地と遺産相続を争う親族が反対していたとあった。
反対を押し切り、結婚の準備を進める2人を諦めさせるため、親族は悪名高い「黒い魔法使いエネミア」に依頼したとある。
黒い魔法使いエネミアは依頼主に魔法の注意点を説明し、森の女医には「1日おきに1月若くなり生まれる前まで戻る魔法」、釣り好きの青年には「果てしない未来へ魂を飛ばす魔法」をかけ離れ離れにした。
目覚める度に若返り、暖かい思い出を1つずつ忘れてしまうことに耐えられなくなった森の女医は、何が起こるかわからない副作用を承知で「年を取る水薬」を大量に飲み若返りを止めた。
森の女医の確かな知識は、黒い魔法使いの「1日おきに1月若くなり生まれる前まで戻る魔法」を打ち消した。
副作用も起こった、もう20代から若返ることも、年を取ることもできなくなった。
そして、今まで失った記憶は戻らなかった。
残りわずかな記憶を頼りに釣り好きの青年を探すことを決め、「壁の書き置き」を残し海風の家を後にした。
『何百年かけても、あなたを見つける』
愛した相手を探し続ける。
自分の今と重なる森の女医の運命に、ロノシーはある答えに迷っていた。
それは、答えたくても見たくはなかった「可能性」という事実。
海風の家がそのままということは、森の女医は釣り好きの青年を見つけることはできなかった………。
2人の決意
ハリオにとっては、いつしかロノシーが「世の中で最も価値のある財宝」になっていた。
ロノシーの中でも、確かに過去に存在しただけで名前も顔も思い出せない人を探す希望は、吹き消えてしまいそうだった。
同じように旅に出た森の女医が戻らないことは、訪ね人は見つからないいという結果を示している。
わずかでもと持っていた可能性は、0となってしまった。
謎の魔女ロノシーと1年の旅で少し大人びたハリオは、海風の家でこれから2人で生きることを決めた。
魔女ロノシーは、離れ離れになっていた最愛の人、もう記憶も霞がかって顔も思い出せない彼に呼びかけるように呟く。
すると、くすんだ日記にかけられた古い魔法でロノシーを祝福する懐かしい声が聞こえた。
ロノシーを知る声は、くすんだ日記の持ち主で釣り好きの青年「釣り好(つりこ)」。
彼の語るおとぎ話のような話によると、釣り好と森の女医が出会ったのは600年前、そして未だ巡り会えていない事実、600年もかけて探してくれた感謝と重たい事実を込めた言葉だった。
釣り好によるとロノシーのペンネームは「右メシ」、釣り好の右側で食事をする癖のある「森の女医」だった。
釣り好は「壁の書き置き」のサインとロノシーのサインを重ね合わせる。
「壁の書き置き」を見たときから、薄々感じていた「自分は訪ね人を探す森の女医」なのではないかという直感は、やはり事実だった。
600年かけて釣り好を見つけられないということは、彼はこのくすんだ日記の中にしかいないのだろう。
釣り好に謝罪し、代わりにロノシーを幸せにすることを祝福するハリオ。
結婚の儀式で苦手なコーヒーを彼の代わりに飲む決意を決め、杯を捧げる。
呆れた釣り好は、大笑いしながら彼についても語り出す。
それは、自分もコーヒーは大嫌いだったことに始まり、ハリオしか知らないハリオの癖を次々と言い当てる。
ロノシーのときと同じように、釣り好のサインとハリオのサインを重ね合わせて証明してみせた。
ハリオは黒い魔法使いによって600年後に魂ごと飛ばされてしまった「釣り好」、くすんだ日記に登場する「釣り好きの青年」だった。
年齢が違うことが明らかな釣り好とハリオ、ハリオは釣り好との年齢が5歳ほど違うことを指摘する。
その理由は、ロノシーの場合と同じでお互い思い出せない年齢にまで戻してから離れ離れにするという残酷な魔法の影響だった。
その魔法にも、大きな欠点はあった。
スカーレティシア
もし、離れ離れになる前に
お互いが本当に共に過ごしたいと思うなら
「必ず巡り会う」ことができるという
それは時を何100年を越えたとしても
大切な記憶が失われようとも
必ず……