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科学が優しく人生を照らす小説『月まで三キロ』

『月まで三キロ』

月まで三キロ(新潮文庫)

著者 伊与原新
出版社 株式会社新潮社
分類 小説
出版日 2021/6/24
読みやすさ ☆☆☆とても読みやすい

今回は、ドラマ化され話題になった『宙わたる教室』の著者で、2025年に第172回直木賞受賞作家 伊与原新さんの『月まで三キロ』を紹介させていただきます。

人がいるだけ悩みもある


失業と離婚、結婚問題、家庭の事情で左右される子どもの暮らし、普通と思われる日常、シングルファザーの葛藤、主婦の日常と老後、仕事の悩み……。
人がいるだけ悩みもあって、すれ違う誰かにもその人の悩みがある。
『月まで三キロ』の7つの物語、
「月まで三キロ」「星六花」「アンモナイトの探し方」「天王寺ハイエイタス」「エイリアンの食堂」「山を刻む」「特別掌編 新参者の富士」は、命や人生を左右するものから日常のモヤモヤに悩む登場人物が、自然が見せてくれる科学が照らし出す道しるべを見つける物語。


『月まで三キロ』登場人物


数え切れないほどの悩みを持つ人が行き交う世の中。
物語の中で暮らす8人の登場人物の中には、どこか他人ごととは思えないほど身近な1人が見つかるかもしれない。
隣の席に座っていそうな、お向かいの家で暮らしていそうな、どこかで挨拶していそうな、もしかすると自分自身?
そう思えてならない、等身大の登場人物です。

夢破れ日常を失った男性

「月まで三キロ」
家庭よりも夢を追って離婚を告げられた44歳の男性。
大手広告代理店で敏腕を振るっていた30代、起業の夢を追い独立に失敗したクリエイティブ・ディレクターはひとり静岡県を訪れていた。
離婚後に頼った実家では、母が亡くなり父は認知症介護施設で暮らしている。
富士山のすそ野へ向かう途中、鰻を食べようと列車を降りた静岡県で、あるタクシー運転手に出会うことになる。


千里

「星六花」
30代も終わりかけのある日、親しくしている後輩と女性2人、男性2人の飲み会に参加していた。
就職氷河期に、何とか正社員の椅子を得ることができた文房具メーカーで17年の時間が過ぎた。
異動を重ね人事部で主任になるまで卒なくこなした仕事の反面、「どうせ」「だって」「でも」を繰り返し世の中で幸せになれる期間と呼ばれる時期が過ぎた。
参加した飲み会の男性陣が話す「降水確率」や「気圧配置」の豆知識を交えた雑談に、どこか新鮮な好感を抱いていた。


内村朋樹

アンモナイトの探し方」
東京都内で暮らす小学校5年生の朋樹は、3年ぶりに祖父母の暮らす北海道へ来ていた。
朋樹自身の努力が実りを見せるように、熟の成績は上位で難関私立中学校の門が開こうとしていた。
彼自身の努力の届かないところでほころびが生まれ、塾に行く時間に起こる体調不良、突然の脱毛の理由はどんな教科書にも書かれてはいないことだった。
夏休みの時期に訪れた北海道の自然の中で、ハンマーを片手に無心に石を割る祖父と同世代の男性の姿が目に止まる。


笹野健

天王寺ハイエイタス」
大阪阿倍野で55年続く「笹野かまぼこ店」の3代目候補。
店を継いだ父と母とともに、商店街の老舗を切り盛りする日々に堅苦しさを感じながら過ごしていた。
笹野家では異能の秀才で深海の研究に携わる兄の優、元プロのミュージシャンで奔放なトラブルメーカーの伯父 哲治の我が道を往く生き方を不快に思いながらも、どこか眩しさも感じずにはいられなかった。


謙介

「エイリアンの食堂」
旬の食材を使い、定番の調理法にひと手間加えた夜の日替わり定食が人気でリピーターの多い「さかえ食堂」の店主。
4年前に妻の望を亡くしてから、小学校3年生の鈴花とともに父ひとり娘ひとりの暮らしを続けていた。
そんな「さかえ食堂」には、8時45分ちょうどに訪れ、独特の無表情でいつも同じアジフライ定食を注文する女性が常連客になりつつあった。
鈴花がプレアさんと名付けた女性は、今日も同じ時間に店を訪れ、アジフライ定食を注文していた。


家族のタガを30年間握る女性

「山を刻む」
家庭のことは何もできず無関心な態度の夫、義父の介護を丸投げした義母。
仕事が不安定で怪しい投資家グループと付き合いの増えた息子、しっかり者で自立しすぎな娘は、フランス留学から帰ると現地で出会ったフランス人男性と都内で暮らす。
自分はというと、バラバラになりそうなたがを30年間抑え続け、何とか1つの輪に保とうと必死だった。
夫が定年退職を迎えるようになってから、居間の一角に飾る山の写真を見て、20歳の頃に山岳カメラマンを目指した情熱が懐かしく、一眼レフカメラと登山装備一式を揃え、早朝から山を訪れていた。


瑞穂と美希

「特別掌編 新参者の富士」
東京都内の飲料メーカーで働く、29歳の同期同士。
真剣に仕事と向き合い体調を崩しがちな瑞穂、楽観的で無遠慮さが持ち味の美希。
半年ぶりの再会を富士山に決めた2人は、日常を忘れさせてくれる自然の中に入り込んでいた。




抽象的な価値観の悩みと具体的な指標の科学


物語の舞台は日本国内。
1億2000万人の暮らしの中には、1億2000万個以上の悩みが入り混じる。
人の悩みが価値観や感情といった抽象的なものさしが影響しているのとは反対に、自然の中の科学は理論や数値といった具体的な指標を持っている。




分岐点で迷う人生を科学が優しく照らしてくれる物語


『月まで三キロ』は、2021年に本屋大賞にノミネートした『八月の銀の雪』、2024年にドラマ化され話題になった『宙わたる教室』。
そして、2025年に第172回直木三十五賞を受賞した『藍を継ぐ海』に続く、伊与原新さんならではの科学と人の物語の始まりになった作品です。
『八月の銀の雪』は、科学が全く接点が無かった人が知り合い、交流を深める「つながり」になる作品と紹介させていただきました。
『月まで三キロ』は、悩みやモヤモヤを抱える登場人物の生き方に、ふと出会った科学が混ざり合い変化が生まれる。
いくつもの分岐点で迷う人生を科学が優しく照らしてくれる、素敵な物語の小説ですよ。



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