ファンタジー小説『常世と情世』
ジャンル:ファンタジー小説
公開:未定
花水(hanami)が10代後半から20代前半にかけて書いていた、中二病感が満載のファンタジー小説。
神話の時代から、6つに分かれた人の生き方を描いた作品です。
今回は物語の舞台設定になる「神話」という部分だけ公開しますね。
「神話 想世記〜果実」
遥か幾年、誰も覚えていない過ぎ去ったある時。
「真実の女神」は、そこに暮らす人に幸せが満たされる「果実の木」を分け与えた。
また、「果実の木」を育てる6人の人に、緑を育む「光」、木が根ざす「土」、暖かな気候を生む「火」、命を包み込む「風」、果実の元となる「水」、様々な変化を起こす「雷」を管理する力を与えた。
「果実の木」で満たされる幸せの尽きることのない世は「常世」と呼ばれ、僅かばかりの時を刻んだ。
ある時、「果実の木」を育てる6人の1人は言った。
「私が風を管理していたから、果実が実ったのだ。この果実を半分もらおうか」
木が根ざす「土」を管理する人は、そうかもしれないと思い果実を半分分け与えた。
この出来事を知った「真実の女神」は、「風」を管理する人が果実をどれだけ食べても満たされないようにし、彼を「獣」と呼ぶことにした。
その翌日、ある人は言った。
「果実が半分になったのだから、私の管理する水も半分でいいのではないか?」
木が根ざす「土」を管理する人は、木は水が減ると枯れてしまうため、残りの半分の果実を分け与えて水を減らさないように頼み込んだ。
この出来事を知った「真実の女神」は、果実を摘み取る手を奪って自分では食べられないようにした後、彼を「黄泉」と呼ぶことにした。
また翌日、ある人は激怒し木が根ざす「土」を管理する人に詰め寄った。
「果実がこんなに減っているのはどういうことだ。事と次第によっては私の火で木を燃やしてしまおう」
木が根ざす「土」を管理する人は、それまでの経緯を話し残りの果実の半分を分け与えることで何とか怒りを治めてもらった。
この出来事を知った「真実の女神」は「火」を管理する人が果実を食べても幸せを感じることができないようにし、彼を「修羅」と呼ぶことにした。
さらにその翌日、ある人は哀れみの目を向けてこう言った。
「こんなに果実が減って困ったことになりましたね。ですが明日は雷が落ちる、今日のうちに収穫してしまわないと果実は落ちてしまうでしょう」
木が根ざす「土」を管理する人が最後の果実を摘み終えたとき、命を包み込む「雷」を管理する人は残りの果実のとともに姿を消していた。
この出来事を知った「真実の女神」は「雷」を管理する人から果実の記憶を失わせた後、彼を「魔」と呼ぶことにした。
困り果てた木が根ざす「土」を管理する人。
その後、誰の目にも見つけられない森の奥深くに「果実の木」を植え替えることにした。
この出来事を知った「真実の女神」は「土」を管理する人から、果実を見つける視力を失わせたあと、彼を「人間」と呼ぶことにした。
緑を育む「光」を管理する人は言った。
「私は5人をただ見ていることしかできませんでした…真実の女神様、どうか私にも罰を与えて下さい」
「真実の女神」は想いを巡らせた後答えを伝えた。
「あなたは5人をただ見ているだけでした。私はあなたから5人の友人を奪い、私とともに新しい世で暮らすことを命じます」
そうして彼を「天」と呼ぶことにし、「真実の女神」と「天」は常世を去った。
「真実の女神」が去った常世には、光の照らす昼と闇が覆う夜が訪れた。
また、暑さと寒さを感じる四季が起こり、そこに暮らす人々は変化に合わせて暮らすことを強いられた。
変化に合わせ目まぐるしく暮らしが変わる変わり果てた世を人々は情世と呼び、わずかに見つかる果実を分け与えて、時に奪い合い生きる世となった。
「神話 想世記〜街」
「真実の女神」と「天」の民が去った後、四季が数100回巡った恋世。
僅かに実る「幸せの果実」を分け与え、時に奪い合う暮らしの中で人々は集まり、街を築き暮らしていた。
かつての常世の行いにより、5つの種族に分かれた「人間」「修羅」「獣」「黄泉」「魔」の種族は、ある時は手を結び、ある時は争いながらも大都市を築き上げた。
恋世を遥かに遠くから眺めていた「真実の女神」は、かつての友の繁栄に僅かな希望を抱き大都市の様子を見てくるように「天」の民に命じた。
「真実の女神」が去ったことで起きた光のない夜。
その夜さえ忘れてしまうような眩い人工の光。
歌声と音楽の混じり合う途切れることのない音。
食物と香油、酒と煙の混じり合う臭気。
人々の数よりも多くの作られた味。
空気よりも密度の濃い衣類の触れ合う感触。
5つに分かれた「人間」「修羅」「獣」「黄泉」「魔」の種族、恋世の変化織りなす人種の万華鏡。
「真実の女神」の使い、「天」の民の天使は道端に座る「人間」の子どもに目を向けた。
「きみ、この街の暮らしは幸せかい?」
「人間」の子どもは、天使が見慣れていなかったからではないのだろう。
両手を後ろに隠し後ずさりする。
「何も、持っていませんよ。わたしは何も」
そうして、そのまま走り去ってしまった。
「人間」の子どもが走り去り困惑した天使は考え込むように運河に架かる橋の手前で足を止めた。
「おい!お前、良い匂いがするな。持っているものを出してもらおうか」
食物と酒の混じり合う息を吐く、「獣」の大男は天使の腕を捻りあげるとそのまま地面にねじ伏せ問い詰める。
「あなたの言っている果実ならある。しかし、あなたは果実をいくら得ても………」
「いいからよこさんか!」
「獣」の大男は天使の顔が潰れるまで拳を振り、懐から取り上げた果実を貪りながら立ち去った。
鼻と口から流れる血を拭い立ち上がった天使は、橋の入り口で小柄な女性にぶつかってしまう。
「あっ!すみません」
「いえ、私こそ怪我をしているとはいえ失礼しました。あの、しかし…」
天使は上着を直すと、懐の果実が減っていることに気がついた。
かすかな笑みを浮かべた「黄泉」の小柄な女性は何事もなかったかのように橋を渡りきり、対岸へ去っていった。
「(もう見るべきものはないのか………)」
街の醜さに落胆した天使は、もう街を去ろうと橋を渡りはじめた。
「汚れてはいるがいい服装だな。どこかの貴族か?」
天使が橋の中腹に差し掛かったころ、欄干にもたれる屈強な「修羅」の戦士が声をかけた。
「いえ、私は視察に来ているだけでして」
「視察?よその街のスパイというわけか、見逃せないな」
「やめましょう。お互いに何の幸せにもならないでしょう」
「問答無用、腰の刀を抜け」
「私の刀は理由もなく人を傷つけるものではありません」
刀に手もかけない天使に向けて、「修羅」の戦士は人なぎに斬り払い、膝をついた姿を一瞥した後立ち去った。
腹から流れる血が止まらない天使は、「真実の女神」の元へ帰ろうと橋を渡りきり、道の隅にうずくまる。
「大丈夫ですか?ひどい傷ですが」
「魔」の女性はうずくまる天使の傍に跪く。
「少し休むと収まります、それにしてもこの街は………」
「もし、よろしければこちらをお使い下さい。痛みだけでも和らぎます」
「恩にきります」
差し出された小瓶の蓋を開け、味も臭いもしない液体を飲み干した。
「すごく飲みやすい、もっと苦いものかと………」
「最後に口にするものくらい、そうありたいものでしょう。最後まで信じた、貴方の結果です。この街では、さぁお帰り下さい」
「魔」の女性の立ち去ったあと、天使は夢の中へ飲まれるよう目を閉じた。
再び開くことのない目を閉じた。
『常世と情世』「想世記〜天使と5つの種族」
情世での天使殺害の出来事は、常世の全ての人の知る出来事となった。
天使の中でも最も責任の重い者は「真実の女神」に申し立てをした。
「女神様、同胞をあのように無残な姿にされ私たちは黙ってはいられません」
「どうするおつもりです?情世を罰せよと言われるのですか?それとも、天の民は情世に攻め入り報復をされるのですか?」
「いずれかになります。女神様が罰しないのであれば、私たちが500万の軍勢を引き連れて汚れた情世を滅ぼすでしょう」
「それは、天の民の総意なのですか?」
「いかにも。女神様にも届いているはずです。天の民の悲しみが………」
「悲しみは憎しみを生み、憎しみはまた悲しみを生むでしょう。その咎(とが)、私が負いましょう」
「真実の女神」は、5人の天使を天使長としそれぞれ「土」、「風」、「水」、「火」、「雷」の力を貸し与えた。
「この力は、情世の欲望の街を解体するためだけに使ってください。欲望の街の住民には、24時間の避難の時間を与えます。どうか全ての民が避難できますよう、祈っております」
「真実の女神」は5人の天使長に、欲望の街を解体する前に避難を呼びかけること、力は欲望の街のみに使うことを命じ深い祈りのため目を閉じた。
「神話 想世記〜滅び」
翌朝、欲望の街を訪れた5人の天使長は多くの住民を避難させるため一旦分かれて街の各地を訪れた。
飲食街を訪れた「風」の力を持つ天使長は、食料を抱える「獣」の大男を呼び止めた。
「翌朝、この街は廃墟と化すでしょう。あなたの持つ欲望と幸せの果実を街に置き、すぐに避難してください」
「うはははは!何を間抜けなことを、それは俺の果実を奪うためだろう?それよりも、お前は持っているな?」
大男は鍛え上げた腕で天使長の両肩に掴みかかる。
天使長は「真実の女神」から借りた「風」の力で、ひらりと腕を抜け警告を続ける。
「どうか力ずくで果実を奪うことを止め、欲望を置いて街を立ち去ってください。これは、真実の女神の命です」
「果実を奪うな?腹が減っても食うなと?馬鹿げたことを」
再び掴みかかろうとする大男を置き去り、天使長は風のように立ち去った。
貧困街を訪れた「水」の力を持つ天使長は、買い物客を物色する「黄泉」の女性に声をかけた。
「あなたが何をしようかは知っています。人から何かを得る行いをやめる気はありませんか?」
小柄な「黄泉」の女性は、渇いた唇を開き僅かに聞こえる声で囁く。
「多く持っている人から、少しだけ分けてもらうだけ。何が悪い?」
「そうですか………この街は明日の日の出とともに滅びるでしょう。幸せの果実を盗む行いを止め、街を出てください。真実の女神様の言葉です」
「そう………ご忠告ありがとう」
小柄な「黄泉」の女性が天使長とすれ違う時、胸元に手が伸びる。
天使長は「真実の女神」から借りた「水」の力で体を水に変えた。
滴る水を掴み、その水さえも雫となって落ちた「黄泉」の女性はそのまま立ち去った。
「火」の力を持つ天使長は、街の中央にかかる橋の欄干にもたれかかる「修羅」の男性に声をかけた。
「あなたに斬られた同胞は死にました。ですが、私はあなたに何もしません。その武器で人を傷つけるのは止めにしませんか?」
「死んだか?そうか。まあ、いいさ。あんたも腰に差している刀で仇を討ちたくはないのか?」
「そう思います。ですが、私は刀を抜きません。真実の女神様は街を去る者は許すと仰せです。刀を捨て、この街を立ち去ってください」
「言いたいことはそれだけか?」
「修羅」の男性は、言い終わると刀に手をかけ天使長に斬りかかる。
天使長は「真実の女神」から借りた「火」の力で体を炎に変えた。
刀は天使長の胴を通り抜けると、ドロドロに溶けた赤い液体と化した。
天使長が去った後、「修羅」の男は刀身のなくなった刀を握ったまま再び欄干にもたれかかっていた。
露店街を訪れた「雷」の力を持つ天使長は1軒の薬屋の前で足を止めた。
「いらっしゃいませ。体に合った薬を作りますよ、今日はどうされましたか?」
「いえ、良い薬を扱っているなと思いまして」
天使長は板の上に並ぶ水薬の小瓶、粉薬の壺に毒薬がないことを確かめた。
「お具合が悪いわけではないんですね?」
店主の「魔」の女性は安堵した笑顔を見せる。
「お元気が無いように見えますが………良かったら気分の高まるお薬などいかがでしょう?」
「いや、貨幣を持っていないもので」
「でしたら…その首飾りをいただければ、こちらの粉薬6回分をさしあげれますが?」
「魔」の女性は、布がかけられた箱の中から小さな壺を取り出すと秤を調整し始める。
天使長は、「真実の女神」に借りた「雷」の力で中の薬の成分を推し量った。
「………残念ですが、その薬は結構です」
「そうですか、またいらして下さいね」
薬を買わない天使長にも笑顔を崩さずに答える「魔」の女性。
「その薬は………記憶を失うほど気が狂う毒薬でしょう。いつかの強力な麻酔薬のように」
天使長が発した言葉、瞬きをした後の「魔」の女性の笑顔、その笑顔は心配と労いの笑顔とは全く異なっていた。
「そうですか、ご存知なんですね。秘密ですよ」
「そうやって人を欺くことをやめ、今すぐ街を出ればあなたは助かります。どうか改めてください、真実の女神様のご慈悲です」
「助かる?何からです?私は楽しんでいるだけですよ、あら次の方、どうぞ」
いつのまにかできた行列に押しのけられ、諦めた天使長は露店街を後にした。
「土」の力を持つ天使長は、広場のベンチに腰掛ける「人間」の少年の横に腰かけた。
「怖がらなくても、あなたの持っている幸せの果実を奪ったりしませんよ」
「………」
「人間」の少年は、恐怖と信頼の狭間を行き来するように目を泳がせる。
「大変でしたね。あなた方人間が果実を手にするのに、どれだけ苦労しなければならないことか…」
「はい………両親が、なくなる前に………」
「人間」の少年の信頼が少しだけ恐怖に勝ったのか、首から下げる袋を開いて見せる。
「ですが、あなたはそれを置いていかなければなりません。真実の女神様の言葉を伝えます。その果実を街に置き、明日の日の出までに街を去りなさい、あなたには幸せの果実を探す苦労が生まれるでしょう。ですが、あなたは救われます」
「人間」の少年は、袋の中の幸せの果実をしばらく眺め、その目を天使長に向けた。
「わかりました。真実の女神様がおっしゃるなら、従います。僕の仲間にも街を去るように呼びかけてください」
「ええ、約束しましょう。これは私からの応援の気持ちです」
「土」の力を持つ天使長は、「真実の女神」から借りた「土」の力は使わずに、自身の持つ「光」の力で少年の声が多くの仲間に届くようにした。
少年は、袋の中の幸せの果実を広場の隅に座る浮浪者に手渡すと街を去るように呼びかけて回った。
約束の日の出前、街からはわずかな荷物だけであてもなく旅立つ人々。
「土」の力を持つ天使長は街の入り口にかかる橋に立ち、1人1人を見送る。
「人間の少年、あなたの他者に分け与える心が多くの方を救うことになりました。感謝いたします」
「天使様、僕たちはどこへ行けばいいのでしょう?」
「それは………わたしにもわかりません。ですが、真実の女神様は必ずあなた方を見守って下さります。女神様の慈悲と人々の情けがあらんことを」
「はい」
「日の出だ、土の天使長」
「そうですか………」
5人の天使長は、煌びやかな欲望の街を見下ろす高台に立つと、同じ間隔の5つの場所から街を取り囲む。
「我が授かりし風の力、欲望を舞いがらせ、かの地を清めん」
「我が授かりし水の力、飢えを押し流し、かの地を清めん」
「我が授かりし火の力、怒りを焼き尽くし、かの地を清めん」
「我が授かりし雷の力、偽りを暴き、かの地を清めん」
「………………我が授かりし土の力………疑いを包み、かの地を清めん」
「音愛時清(ネメシス)」
5人の天使長の言葉とともに、5つの点が星を描き欲望の街を包む。
どこからか吹き出した風は、始まりに気がつくこともない程に渦を描き、人はとちろん、石造りの建物も木造りの建物も立てない程に吹き倒す。
人の暮らす地に恵みをもたらす川は、あるべき流れを変え、海は溢れるように街へ降り注ぐ。
既に形を留めることのなくなった街からは、起こすこともなかった火が次々と起き、形あるものを炭になるまで、朝焼けが夕焼けに思えるほどの禍々しさで広がってゆく。
未だに悶える人々を、天から降り注ぐ雷の柱が捉え地に伏せ終わる。
そこに動く者も、形のある物も姿を消した地は5つの裂け目とともに崩れ、底の見えない大地の奥へと消えた。
そこに欲望の街は、はじめから、何もなかったかのように………。
「神話 想世記〜王」
かつて、情世の輝きを集めた欲望の街はそこにはなく、10万年の歳月が深い地の底へと続く大穴を慣らし、草木が茂る変わりのない大地へと変えた。
情世で最も高い山の頂上が裂け、開かれた口から久方ぶりの吐息の風が漏れる。
吹き上げられた砂埃の中、獣族の大男は長い時の中で忘れていた風を吸い込み、目が絡むような眩しさに眉をひそめた。
また、大地を流れる川を辿った先の山間の小さな泉から上がった黄泉族の女性も長く忘れていた水の滴る髪を撫で付けていた。
川が流れ着く海のさらに先、光さえも届かない黒い海を照らす紅色の溶岩の中から、逞しい修羅族の戦士が火の温もりを頼りに歩みをはじめた。
火山の塵と熱せられた海水は、雲に背伸びをさせ空へ空へと向かう。
背伸びが終わったちょうどその時、一筋の雷が大地を撃つ。
大地と雷の隙間に現れた魔族の女性は、かすかに体を震えさせる残雷に生の息吹を感じていた。
4人の種族は、山を下り、川を歩き、海から上がり、大地をさまよい、いつしかかつての故郷があった場所に集う。
そこに、懐かしい故郷はなかった。
満たされる欲望も、飢えへの癒しも、掲げる正義も、世を欺く快楽も、そこにはなかった。
「10万年の長きにわたり、我らは地の底へ虐げられ、故郷を奪われた!」
獣の大男は雲を散らす風のような大声で空へと叫ぶ。
「1時の癒しさえも、許されないというのか!」
黄泉の女性の瞳から落ちた水は、渇いた大地の色をわずかに変えた。
「天の傲慢、人間の裏切り、これが公平な裁きといえようか!」
修羅の戦士の目の奥に、怒りが火の紅色のように輝きを持った。
「人間は、我らと故郷を忘れ慎ましく暮らしているの?どうしてあげようか」
魔族の女性は、頭の中に雷が走るかのように数万を超える復讐を巡らせていた。
「集え同朋!獣王とともに人間から大地を奪わん!」
「虐げられ世の陰で暮らす黄泉の者よ、冥王とともに癒しの時を得ん!」
「傲慢と裏切りに正義の鉄槌を、修王とともに立ち上るのだ!」
「今こそ、世の快楽を我らが手に、魔王の元へ集え!」
4人の王の呼びかけに、かつての欲望の街、今は忘れられた街の跡に10万の同朋が集う。
1つ、また1つ、10万年の歳月で培った人の営みは、形あるもの薙ぎ倒す風に、潤いを超え息を詰まらせる水に飲まれ、時を灰に変える火に焼かれ、営みを止める雷に撃たれて消えてゆく。
情世の大地の大地主となっていた人間の王、情王に率いられた人間も、時に争い、時に逃げ延び、生き延びるために大地を、暮らしの糧を、親しみある人を、営みを失っていった。
想世紀〜奏で
人の民、獣の民、黄泉の民、修羅の民、魔の民の暮らす情世を焦がした煙は山という山を越え、見上げる雲もさらに越えた常世にも、営みの焦げつく臭いを漂わせていた。
常世の草原の台地に立つ宮殿から、情世の様子を眺めていた真実の女神は時折深く目を閉じて行く末を憂いている。
「何という、人の争いでしょう」
かつて、欲望の限りを尽くした街に滅びの歌を奏でた5人の天使長も事の顛末に思いを巡らせていた。
「かつて情世のためと思い、欲望を裁いた私たちもまた、己の思いを満たすためだけだったというのでしょうか」
固く閉じられた真実の女神の頬を伝い、常世の大地に消えた一雫の想い。
想いは、はるか彼方の情世に白銀の雲を漂わせ、人肌ほどの温もりのある、輝く光の雨を降らせる。
光の雨は大地を伝い、とある人里離れた山の間で輝く泉となった。
人と人が争い、限られた大地を削る激しい風、渇きへの潤いを超え息を詰まらせる水、時を灰に変える火、営みを止める雷が荒れに荒らし全てが半分になった情世。
変わらず訪れる日の出とともに、形のある光が輝く泉から飛び上がる。
鳥の形の光は、大地を温もりの眼差しで照らし、癒しの囀りで営みを慈しむように飛び回る。
「ここの土地も大方平らげたか、次の狩り場へ移動だ」
「獣王さま!空が…」
手下の狩人と空を見上げた獣王の目には、太陽よりも眩しく、それでいて目を焼かない光の空が映る。
「倉庫は満たされましたか?」
「9割方というところでしょうか」
黄泉の頭目の女性が開けた扉から差し込む光は、煉瓦造りの建物を満たしていた果実を蒸気のように消し去ってゆく。
「人の民の城にかかる橋を陥とせ、そうすれば奴らに逃げ道はないわ!」
「修王様!音楽が…その、空から」
人の民の要塞に今まさに攻め込もうとしている修羅の民の軍勢に、心の炎を弱めるような、振り上げた拳を開かせるような音楽が聞こえる。
「捕らえた人どもを水牢へ、さて何日もつかな」
魔の民によって蹂躙された街のいたるところにあった人の亡骸は、空から降り注ぐ音楽を聴くと驚いたように息を吹き返し、打ち壊された建物は何事もなかったかのように佇む。
情世の果実は、光の鳥の眼差しを浴び、本来あるべき場所へ戻り、奏でられた音楽が失われた人と物をかつての姿に変えた。
日の出から情世の空全てを飛び回った光の鳥は、日の入りと共に水平線へと姿を消す。
かわりに失われた情景が、かつての姿のまま現れた。
何1つ、失われることなく。
想世紀〜道
「さて、3人の王よ。これから幾年終わるとも知れない戦を、また戦うか?」
平らげた土地を追われ、仮の布の住まいの中で獣王が問いかける。
「我ら黄泉の民は、この世で渇きを癒すすべはない。はるか地の底で、渇きに耐えるとします」
あと僅かで渇きを癒す果実を集めることができた黄泉の民は、黄泉の頭目に率いられ情世の光が当たる世を後にした。
「新たな大地を目指さん!我こそはと思うものはついて参れ、留まる者は人の民に食われる家畜となるがよい」
獣の民は情世の光が当たる世を後にする者、留まる者の2つに分かれた。
「あなた達はどうするの?将軍さん?」
魔の民の王に問いかけられた修羅の王は率いる軍勢を振り返る。
「もはや我ら数人とは…なぜ優勢な我らがここまで兵を減らしたのだ!」
「人は、戦に負けても子をもうけ育て、また兵が生まれます。我らは…減るばかりでした」
「しかし我らの術は滅びぬ、戦さ場がある限りな」
修羅の王は傷んだ鎧の胸あてを力強く打つと、数人に減った兵を率いて情世のどこかへと旅立った。
「さて、わたし達も行きましょうか。人の、欲の暮らしの中へね」
魔の民は魔王にならい、人の形へと姿を変えると人の民が暮らす街へと溶け込んだ。
そうして、情世で暮らす者の多くが人の民となった世界は…長く続く。
「神話」はいくつかありますので、追記する形で更新していきます。