本当に本が読みたくなる読書のブログ

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読書の価値観を探す 森博嗣さんの『読書の価値』より

『読書の価値』森博嗣


著者 森博嗣
出版社 NHK出版
分類 実用書、思想・哲学
出版日 2018/4/10


久しぶりの、新しく読んだ本の紹介になってしまいますね。

今回は、森博嗣さんの『読書の価値』。

すべてがFになる』で有名な、作家の森博嗣さんが思われる「読書の価値観」が書かれた作品。

紹介したい内容が多いため、2回に分けて更新しますね。

第1回は、「読書の価値観」。

第2回が、「読書の仕方と本選び」でお伝えさせていただきます。


「読書の価値」を改めて考えてみたい


『読書の価値』を読みたくなった理由は、まさに「読書の価値」って何だろう?

そう考えていると、たまたまWebで見つけた森博嗣さんの『読書の価値』を目にしました。

メルカリで衝動買いしてしまい中身も見ずに買ってしまったのですが、「とにかく誰か、読書に詳しい人の考えを知っておこう」と思ったので良かったのではないかなと思います。

ですが、紹介しようかは迷いました。

理由は、良く受け取られる意味で、森博嗣さんの「読書の価値観」を包み隠さず書いておられるから。

悪く受け取られる意味で、森博嗣さんの幼い頃の読書体験や価値観が「ちょっと独特」とも思われてしまうかなぁと思ったからです。

そういう価値観の書かれている『読書の価値』を読むこともまた、「読書で得られること」と思い紹介させていただきますね。



作家 森博嗣さんの紹介

森博嗣さんの生い立ちと経歴

武井咲さん、綾野剛さん主演でドラマ化もされた『すべてがFになる』の著者 森博嗣さん。

ミステリー作品に科学を取り入れた作風の作家さんとして、当時現役の工学部教授でもあったこともミステリー作品好きには、よく知られていることでもありますよね。

有名な「S&Mシリーズ」をはじめ、多くの作品を出版されている森博嗣さんですから、きっと幼い頃から沢山の小説を読んで参考にされたのかと思います。

実は少し違います。

『読書の価値』の中では、小学校に通う森博嗣さんは視力が悪く文字を読むのに苦労されたとのこと。

特に小さく並んだ活字は読みづらく、授業には苦労されたエピソードを語られていました。

そのため、多くの種類の本を読むのではなく、自分の好きな分野、中でも海外ミステリーをよく読まれていたようです。


森博嗣さんの本の紹介

すべてがFになる

「S&Mシリーズ」は、有名すぎて紹介はいらないのでは?とも思います。

森博嗣さんのデビュー作品で、デビューと同時に一役有名になられる『すべてがFになる』。

実はシリーズ5作目にあたり、1〜4作目の方が先に完成していたようですね。



『集中力はいらない』

この作品は、実用書の特集で紹介させていただきましたが、まだ買ってはいません。

目次と数ページ読んでみると、内容が独特だったため「保留中」にしました。

今回、『読書の価値』を読んでからは、少しだけ興味が湧きましたよ。


『小説家という職業』

実用書としては、『小説家という職業』の方が花水(hanami)が物語を書いていく上で役に立ちそうです。


『読書の価値』の構成と読みやすさ

『読書の価値』の構成

まえがき p9~p23
第1章 僕の読書生活 p26~p67
第2章 自由な読書、本の選び方 p70~p111
第3章 文字を読む生活 p114~p149
第4章 インプットとアウトプット p152~p182
第5章 読書の未来 p184~p216
あとがき p218~p222

『読書の価値』は、冒頭の「まえがき」で森博嗣さんの読書の価値観が語られています。

その直後の第1章では、読書の価値観がどのように築かれたのかを、幼い頃から年齢を重ねながら本と向き合う様子をまとめられています。

第2章では、森博嗣さんは「自分の場合は」とことわっての「本の選び方」と、読書はなぜ意味があるのかについての考えを語られていました。


独特の雰囲気で読み応えのある本

これは、花水(hanami)の感想でしかありませんが、冒頭から第1章は「あまり好きになれない」感覚を覚えました。

物事の考え方は、それぞれあると思います。

「あまり好きになれない」理由は、他の方の考えをスッパリと否定したり、職業や人の生い立ちを「バカにしている」と受け取れる表現を見かけたからです。

途中で「閉じてしまおう」とも思いましたが、読み進めていくうちに森博嗣さんが「なぜそう考えたのか」の理由を知ることができると、「そういう意味だったんだぁ」と受け入れることができます。

ちょっとミステリーのような、後半にならなければ深い理由を知ることができない「読み応えのある本」なのではないでしょうか?

今回の紹介を見て、『読書の価値』を読む方は、第1章で閉じてしまわないことをおすすめしますよ。


読書の価値は?

読書の価値は「自分が面白かったか」

本を読むということは、人間にとってどんな体験なのか、そして、この行為を人生に活かすにはどうすれば良いのか、といったことが書ければ価値があるだろう。
おそらく、大勢の読書家、あるいは作家が既にそんな内容の本を書いているはずだ。
僕は、残念ながらこれまでにその種のものを読んだことがない。
自分で、百冊の本を選んでコメントを書いた本はあったけれど、誰某の選書なるものにも接した経験がない。
そもそも、僕は人から本をすすめられて、その通りに読んだことがないのである。
中略)
僕が本から得た最大の価値は「僕が面白かった」という部分にある。
だから、もし同じ体験をしたいなら、各自が自分で自分を感動させる本を見つけることである。
同じ本が別の人間に同じ作用を示す保証はないのからだ。
こんなふうに考えているので、この本の内容は、少なからず抽象的になるだろう。
しかし、「面白い本を読んだ」といつことが、読書から得られる「抽象」であり、まちがいなく「本質」なのである。
まえがき p23


読書の価値は「自分が面白かったか」

こうしてブログで本を紹介している花水(hanami)は、はじめは「本の紹介をするなんて」と言われているように思えました。

『読書の価値』の後半でも書かれていますが、本を読むことは「本探し」の段階から始まります。

ブログやWeb、電車の広告などで見かけた本を手にとって「どんな本だろう?」と興味を持つ。

そして、読んだ人が「面白かった」と思えたら、その読書に価値はあったのだと思います。

そんな楽しい本探しの、1つの手がかりになるのなら、「本の紹介」をする価値もあるのだと思えましたよ。


他の人の思いや考えを覗ける体験

エッセイというのは、なにか特別なテーマがあるわけではない。
思いついたことや体験したことをつれづれに書く、という文章だ。
他人のそういう情報に価値があるのか、と疑っていたので、それまでに読まなかったのだが、作家を知っていれば、少しは興味が持てる。
たとえば、谷崎潤一郎の小説を何作か読めば、谷崎の日記を読める。
その人物を知っているから読めるのである。
中略)
遠藤周作とか北杜夫などが、当時のエッセイでは売れていた。
これくらいのものならば自分でも書けるな、とも感じたのだが、それは明らかな勘違いである。
まず、遠藤周作北杜夫に匹敵するするほどの人物にならなければ、誰も読んではくれないだろう。
第1章 僕の読書生活 p65

私は、遠藤周作さんや北杜夫さんのエッセイを読んだことはありません。

エッセイは、「人物を知っているから読める」。

私もすごく、「そうだね」と思えます。

作家さんのエッセイもそうですし、芸能人や政治家のエッセイも、「顔が見えて、どんなことをしてる人」かを知っているから、その人の語ることに耳を傾けられるのかなぁ。

実際に合って話を聞くことができない、テレビや新聞では話していることの一部しか伝わらない。

その人本人が書いた本なら、考えや思いを覗かせていただく貴重な体験が得られる。

読書は人の考えや思いを知ることができる、高い価値があると私も思います。


イデアはインプットから生まれる

そもそも、頭の中に知識をインプットするのは何故だろう?
どうして頭の中に入れなければならないのか。
それは、咄嗟のときに辞書など引いていられなかったり、人に聞くことができない環境であれば、頭にストックしている価値がある。
今は、みんながスマホを持っていてらなんでも手軽に検索できるのだから、この価値は下がっているだろう。
であれば、苦労して覚えなくても、ただ辞書を買って持っていればいいではないか、という話になる。
ネットに依存している現代人の多くが、これに近い方針で生きているようにも見えてしまう。
しかし、そうではない。
知識を頭の中に入れる意味は、その知識を出し入れするというだけではないのだ。
頭の中で考えるときに、この知識が用いられる。
中略)
それは、「思いつく」ときである。
ものごとを発想するときは、自分の頭の中からなにかが湧いてくる。
これは、少なくともインプットではない。
ただ、言葉としてすぐに外に出せるわけでもなく、アウトプットの手前のようなものだ。
面白いアイデアが思い浮かんだり、問題を解決する糸口のようなものを思いついたりする。
このとき、まったくゼロの状態から信号が発生する、とは考えられない。
そうではなく、現在か過去にインプットしたものが、頭の中にあって、そこから、どれかとどれかが結びついて、ふと新しいものが生まれるのである。
第4章 インプットとアウトプット p155

ふと閃いたアイデアにも、元となったのはそれまでのインプット。

読書はインプットの1つの方法。

できることなら、今読んだ本から「今すぐ役に立つ」アイデアを閃きたい。

誰もがそう思うはず。

読書をして何気なく頭に入った情報が、先々の閃きの役に立つことは、「来るのかもしれない」し、「来ないのかもしれない」。

ただ、「来るのかもしれない」なら空いている時間で読書をすることに価値はあるのではないでしょうか?


豊かな発想は、日常から離れた情報のインプットで決まる

日頃、人間はそんなに多くを経験するわけではない。
自分の生活や仕事の範囲であれば、毎日はさほど変化はない。
ときどき、旅行をすると刺激的なインプットがあるように感じるのは、それらが日常のものとは違っているから、いわば自分から遠く離れた情報だからである。
距離的に遠く離れるという意味ではない。
知識的、興味的に遠いということである。
中略)
連想のきっかけとなる刺激は、日常から離れたインプットの量と質に依存している。
そして、その種のインプットとして最も効率が良いのが、おそらく読書だ、と僕は考えているのだ。
第4章 インプットとアウトプット p158~p159

「発想は、日常から離れた情報のインプットで決まる」

これは、「そうだなぁ」とすごく納得させられる内容でした。

花水(hanami)は、今ではキャンプと読書くらいしか趣味を持っていませんが、今まで多くの趣味を体験し、仕事の技術を身につけるため遠くへ研修に行くこともありました。

何か良いことを思いつくときは、そのことを考えているときではなく、別のことをしているときが多い。

例えば、キャンプでバーベキューをしながら仕事のアイデアを思いついたり、仕事の会話の中でブログで書けるお話を思いつくこともあります。

読書をしているときには、頭の中はそのまま本の中へ入っているでしょう。

頭の中を「日常から離す」方法で、読書はお金かからず、時間も多くかからず、無理な体力も使わない、すごく効率の良いインプットの方法の1つではないでしょうか?



「読書の価値」は「面白さ」と「非日常的な感覚」のインプット


読書の価値は「面白さ」と、「非日常的な感覚」を得られること。

まとめてしまうと、なんだか深みがないように感じてしまうでしょう。

読書の1番の価値は、本を読んで「面白かった」と思えること。

映画やドラマもそうですが、「面白かった」と感じることは、私たちに満足感を与えてくれます。

「誰かに話したい」とも思い、コミュニケーションのキッカケになることもあります。

この、「面白かった」と思えることが、読書の1番の価値なのではないでしょうか?


次回は、ちょっと実用的に「読書の仕方と本選び」の内容を紹介させていただきますね。

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