本当に本が読みたくなる読書のブログ

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子どもたちを救い世の中を助けた「やんちゃ和尚」のお話

どんな命も花と輝け

著者 廣中邦充
出版社 株式会社 宝島社
分類 エッセイ、ノンフィクション
出版日 2013/2/9
読みやすさ ☆☆★


昨年のちょうど今頃、ある1人のお坊さんが遠い極楽の国へと旅立たれました。

ご自分や周りに問題を抱え、自宅では暮らせない子どもたちを引き取り、そして世の中へ送り出していた「おじさん」。

家の中で暗い部屋に1人引きこもる子、親子関係で悩み家の中で暴れる子に「もう大丈夫だ」と安心させてくれるお坊さん。

お坊さんの名は廣中邦充。

多くの人より早く旅立ったお坊さんの生き方に迫ります。

廣中邦充さんのドキュメンタリー


2月に放送された「ザ・ノンフィクション」で、非行や引きこもり、親子関係に問題を抱える少年少女と1人のお坊さんを追った「モモコと熱血和尚~おじさん、ありがとう~」。

いつもタバコを咥え、お坊さんの服を着て子どもたちと笑顔で接していないと、どこかの業界の方に見られがちな廣中邦充さん。

多くの子どもたちと向き合い、世の中へ旅立つ後押しをされていた立派な大人。

寺を卒業した子どもたちからも、講演会の参加者やテレビの前のファンからも「おじさん」と慕われる優しさ溢れる笑顔。

私が廣中邦充さんを知ったのは、「ザ・ノンフィクション」が最初で、そして最後でもありました。

「おじさん」こと廣中邦充さんは、何を考えて子どもたちと向き合ったのでしょう?

限られた命を使って、何のために「生きる意味」を伝えたかったのでしょう。

テレビを見終わると、さっそく本を探していました。



廣中邦充さんの紹介


著書の廣中邦充さんは、ドキュメンタリー番組で特集も組まれるほど、子どもたちの未来を考えて活動されていたお坊さんです。


「おじさん」「やんちゃ和尚」こと廣中邦充さん

廣中邦充さんは、愛知県岡崎市の西居院でご住職をされていました。

西居院では、親子関係や引きこもり、非行などで自宅で暮らすことができない子ども達を引き受けて、親代わりとなって見守っていました。

子どもたちからは、「おじさん」と呼ばれ、テレビでもご自身のことを「おじさんはな」「おじさんが来たから大丈夫」と呼ばれていました。

「おじさん」でもある廣中さんには、もう1つのあだ名もあります。

それが、「やんちゃ和尚」。

接する少年たちの中には、いわゆる不良と呼ばれる格好をしている子たちも多く見かけますが、廣中さんも負けてはいません。

ご自身も10代の頃は、地域で有名な不良で何度も警察にお世話になっていたようです。

その後は、大学を卒業され大手企業のSONYでトップの成績を残されるなど活躍。

その後は、40代でお父様でもある先代住職から西居院を引き継いで、2019年4月に亡くなられるまで、お寺で自宅で暮らすことができない子どもたちを引き取り、多くの子どもたちを世の中へ旅立つ後押しをされていました。


廣中邦充さんの本の紹介

『子どもは悪くない!~道に迷った子どもたちとやんちゃ和尚の心の交流』



『やんちゃ和尚の「親子のルール」をつくろうよ 「わが家の絆」を結びなおすために』



4章の構成と講演を聞いてるような読みやすさ


『どんな命も花と輝け』は、四苦八苦と呼ばれる仏教の考え方を元に、「おじさん」がお話されているようなエピソードが書かれています。


「四苦八苦」の4つの章

・まえがき p3〜p8
・第1章「生」 p18〜p78
・第2章「老」 p80〜p119
・第3章「病」 p122〜p162
・第4章「死」 p164〜p213
・あとがき p215〜p221

構成は「生」「老」「病」「死」4つの章に分けて書かれています。


☆☆★読みやすい

文章は話し言葉で書かれていて、表紙に描かれた「おじさん」が語りかけてくれるような読みやすさです。

読書家・読書好きの人は1時間で1つの章、読書に慣れていない人は1つの章を読み進めるのに休憩が必要な程度です。

本の読みやすさはこちらをご参考に↓

書評やレビューの本の読みやすさの伝え方 - 本当に本が読みたくなる読書のブログ



生きる時間が限られた著者が向き合った3つのこと


廣中邦充さんは、子どもたちと向き合う暮らしを続けていた2012年に肺ガンを患い、余命宣告を受けることとなります。

肺ガンの宣告を受けてから、1人の人間として、お坊さんとしてご自身の命と生き方と向き合った廣中さん。

余命宣告を受けてから書かれた『どんな命も花と輝け』では、「時間」「自分」「大切な人」の3つとの向き合い方が書かれています。


時間との向き合い方

「一日一生」というのは、読んで字のごとく「一日が一生涯であり、『もう今日のこの日はないよ』」ということです。だからこの一日を欣んで生きていこうよ、ということですよね。
でもその奥にある本質的な部分というのは、何だと思いますか?
それは、「命あるものことさらに殺さざるべからず」ということです。
第2章「老」 p82

私は毎日の暮らしを大切に生きようという、「一日一生」の考えだけでもとてもタメになるお話に思えます。

今日という日があるだけで有難いこと、最近の自粛で同じ毎日が続くと「いつまで続くの?」と飽きてしまいます。

同じ毎日が続くことをいい方向に考えると、身近な人や自分自身が新型コロナにかかって、同じ毎日さえもなくなってしまうよりは、とても良いことのように思えます。


自分との向き合い方

その限られた中で、どう生きるかということが人にとって大事なテーマとなるわけです。
そして仏教でいう「不殺生」というのは、つまり「むだをはぶけ」ということでもあります。しかしそれは、合理的にスケジュールを組んで、1分1秒を惜しみなく、心をなくすような生き方をしなさい、という意味ではありません。
限られた瞬を知り、その中で自分にできることを見極め、今それをやろうということです。
第2章「老」 p94

「一日一生」の続きになる部分が、「どう生きるか?」というお話です。

「不殺生」というのは、仏教で禁止されている「生き物を殺すこと」。

こう聞くと、他の生き物を殺さないようにと1番に思い、暴力はもちろん、食べ物を粗末にしないことが思い浮かびます。

生き物の中には、「自分の生きている時間」も含まれると廣中さんはいわれています。

自分の生きている時間を大切にするためには、その時間で何ができるのかと向き合うことが大切になりますよね。


大切な人との向き合い方

ぼくは「いつもそばにいてくれてありがと」と、お医者さんや看護師さん達に感謝し、そこからいつも見守ってくださる阿弥陀様へと心が向きます。お念仏に出会えてよかった、神様仏様がいらしてくれてよかった、と。
宗教者ではない人たちは、それがご家族、妻や子どもさんなどに感謝するのだと思います。
「あなたがいてくれてよかった」
第1章「生」 p78

3つ目の「大切な人」との向き合い方には、感謝に尽きると思います。

本を閉じても、忘れないひと言。

「あなたがいてくれてよかった」

寝る前に目を閉じるとき、いつもこう思いながら眠りにつくことにします。




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