本当に本が読みたくなる読書のブログ

読書好きのための本当に読みたい本が見つかる書評ブログです。小説、実用書、ビジネス書ジャンルを問わず紹介。読書にまつわる豆知識のお話、文章の書き方のお話もありますよ。

自転車免許制と自動車免許制定年制にしてみては?

増えつづける自転車の事故、そして自動車事故

f:id:jizi9:20180127172407j:plain

先日のニュースで、「神奈川ながらスマホの自転車死亡事故」で加害者の当時19歳の女性に有罪判決が出たとありました。

禁錮2年執行猶予4年という刑罰は、「賠償が保障されている」ことで執行猶予になり、「速度が遅かった」ことで危険運転致死に当たらないとされたためといわれています。

亡くなられた70代の女性の旦那さんは80代と高齢。

インタビューでは、高齢者にとって危険なながらスマホスマホの機能制限を設けて再発を防止してほしいと訴えていました。

もう1つ思うことがあります。

それは、交通事故の加害者として有罪になり刑務所に行くことになった高齢者の方。

年代を問わず、被害者にも加害者にもなる交通事故。

そこで、自転車と自動車の交通事故問題をテーマにしてみした。


被害者も加害者も重い傷を負っている


自転車は、10代の方も加害者になることもあります。

「誰かに怪我をさせてやろう」と思わなくても、小学生の方も交通事故の加害者になり、処分を受けなければならないでしょう。

また、最近問題になっている高齢者の方の交通事故。

もし、90代の方が交通事故で誰かを死なせてしまい刑務所で「懲役何年」という判決になると………。

刑務所内で亡くなってしまうこともあるのではないか?と思います。

それでも、もし花水の大切な人が交通事故に遭い、加害者が90代のお年寄りの方だとしても…

きっと「厳罰にしてほしい」と裁判所にお願いするでしょう。

自転車や自動車の交通事故は、幼い加害者に一生の心の傷を、高齢の加害者に一生を終えるかもしれない罪を負い、被害者の方は大切な人を失った悲しみに加えて加害者を罰する気持ちの負担を背負わなければならない。

殺人や強盗など、加害者に全ての落ち度がある犯罪と違い、被害者も加害者もどちらも背負うものが多すぎると感じます。

なかなか減らない、自転車や自動車の死亡事故。

今回は真面目なお話で、「自転車免許制」や「自動車免許定年制」を考えてみました。


自転車免許制

免許の取得

自転車に補助や保護者の見守りなしで乗れる年齢は5〜6歳でしょうか?

自転車免許は5〜6歳になると、自動的に交付されることにしましょう。


処分は道路交通法

自転車の交通違反に対する処分は、現在の道路交通法と同じ処分にします。

飲酒運転や、「ながらスマホ」の運転は厳しく取り締まらなければなりませんね。


免許停止と免許取り消し

現在、悪質な自転車の取り締まりで効果がイマイチと思われるのは「運転してはいけない」処分がないためではないでしょうか?

自動車と同じ累積の点数、免許の停止と取り消しを取り入れると効果があるのでは?と思いました。



自動車免許定年制

免許の定年制

自動車を安全に運転できる年齢は、何歳までなのでしょう?

現在、75歳以上の方を「お年寄り」はお年寄りと呼ばれていますが、元気で働かれている方も体を不自由にされている方もいます。

ここ数年の「高齢者講習」の結果から、具体的な目安を決めて「定年」とします。


定年以降は限定免許

一定の年齢でひとくくりに「定年」として、自動車を運転できなくなると困る方も大勢いらっしゃいます。

そこで、安全が保障された車やスピードが遅く交通事故や違反になりにくい車の「限定免許」としてはどうでしょう?


自動運転車限定免許

先日、東京都内で自動運転のタクシーの試験運用が始まったとニュースで知りました。

完全な自動運転は、実用化されて安全が保障されるまでには期間がかかりそうですね。

もし、実用化されたなら、定年後も「自動運転の車」に限り運転できる「自動運転車限定免許」とします。


農作業車両限界免許

自動車が全て運転できなくなると困る仕事、タクシードライバーの方や運送会社のドライバーさんなど、「運転そのもの」が仕事の方以外では農業の方かなぁと思いました。

花水の暮らす北国では、郊外に出ると畑を行き来するトラクターやコンバインを多く見かけます。

農作業用の車両を運転できなくなると、人手に悩まれている農業の方にとって死活問題。

実際に走っているトラクターやコンバインを見ていると、スピードも遅く交通事故にはつながらないように思えます。

そのまま、子どもの通学路を走ることもなさそうですし。

そこで、農作業車両限界免許を設けて届け出をすると農作業用のトラクターやコンバインは定年の制限なく運転できるようにしてはいかがでしょう。


権利を制限することも時には必要


今回の法改正のお話は、いつもは突拍子もない法案を思いつく花水のお話の中では真面目なお話でした。

自転車や自動車は、拳銃や刃物と同じ「人を傷つけてしまう凶器」になり得るもの。

大きな力には、ときには制限も必要になると思ったお話でした。


最近のマイエッセイはこちらもどうぞ↓
www.yu-hanami.com
www.yu-hanami.com
www.yu-hanami.com



地震で起きた停電、こんな時こそ人を大切に…

地震後、そして停電。慌てず、無理ない範囲で出来ることをする


2018年、平成最後の夏9月6日3時08分に起こった北海道胆振東部地震(ほっかいどう いぶり とうぶじしん)。

大きな地震と、はじめての大規模停電を経験した花水由宇(hanami yuu)は今回の経験を体験談として書き残すことにしました。

停電の復旧後から、6回に分けて連載している「文明の明かりが消えた夜」シリーズは今回でひとまず最終回です。

最終回のテーマは、地震や災害の後の行動。

自分も含めた、地域に暮らす方全員が被災者という中でどうしたらいいのか?

すごく難しいテーマですが、体験した限りで書かせていただきますね。

「自分」も「相手」も皆んな被災者


建物の倒壊など、大きな被害のなかった地域に暮らしている花水(hanami)。

停電はしており、余震も続く地震発生の初日。

ひとまず職場にと、信号の消えた住宅街を走ると多くの方が職場に向かっています。

1つだけ確かなことは、働いている人も「被災者」であるということ。

それなら、国が何かしてくれるまで待っていたらいいのでしょうか?

それもまた、違う気がします。

自分の周りに無理のない範囲で、「できること」をすることが正解なのかなぁと思いました。


自分に「できること」をする

災害直後、自分と周りの安全が確保できたら、「できること」をはじめてみるといいのでは。

この、「できること」は例えばボランティアや炊き出しのことではありません。

家庭のことで普段行わないことに取り組んでみる、無理のない距離なら友人の家の様子をみに行ってみる。

周りで、自分より困っている方がいたら手を貸してあげるのもいいと思います。

「できること」は、あくまで自分や周りが安全でいられる範囲。

辛い言い方になりますが、家族が必要としている食料や飲み物を知らない方に分けてあげる必要はないと思います。


できないことは「できない」

自分に「できること」をする一方で、できないことは「できない」と断ることも大切、もちろん理由を問わずにです。

例えば、私の企業は初期対応のために初日は通常の勤務に近い体制でした。

その後は、「小さな子どものいる家庭」「遠方からの通勤の方」「体調不良の方」の順に職場を離れましたが、最後まで残って働いていた方、とても「大丈夫」には見えません。

働いている方も、「被災者」の自覚を持ってもいいと思えます。

災害の時には、職場を離れる権利は理由を問わなくても良いのではと思います。

「小さな子どもがいる」ため職場を離れることも、「買い出しに行くため」職場を離れることも、結果は同じなのではないでしょうか?


感情的にならず落ち着く

そして、感情的にならず「落ち着く」ことが大切です。

前回の更新でお伝えした、怒りを周囲にぶつけていた方や他の方を脅していた方は結局何も得ていませんでした。

そして、大切な人を無くしたり、安否が分からない方をのぞいて悲観になり過ぎることもないでしょう。

「復興していない災害はない」のですから。


良いことには良い結果が起こる


何か「良いこと」が起こることを望んでした「良いこと」は、良い結果になることは少ないのでは?

何も望まず行った「良いこと」は、「良い結果」が起こることもあります。

それは、「善意」はどこかを巡って「自分に返って」くること。

そして、誰かからいただいた「善意」には、「感謝」を欠かさないことが大切だと改めて思い返す出来事でした。


無理して残った仕事の帰り

先ほど、地震と停電の起きた日の仕事のお話をしました。

花水(hanami)は、災害のあった日は全ての職場を休みにしてもいいのでは?と前々から考えていました。

それでも、いざ災害が起きると、その場で仕事につける人が働かなければいけないもの。

それぞれの事情で職場を離れる方がいる中、何とか取り繕って帰ることを考える間も無く、当日の勤務は終わり。

休憩時間では買い出しもままならず、何も手にすることのできないまま自宅を目指した帰り道。

ふと通りかかったコンビニに、数人の人集りが…

「何かある」

そう感じた直感に従い集団に加わると、お店が時間制限を設けて開店するということ。

電気のつかない店内で、店員さんに誘導されながら品薄の電池とパンを手にすることができました。

今日、他の方の代わりに働いた「お返し」を、見ていてくれた「誰か」がしてくれたのでしょう。


もらい物に感謝

もう1つ、「ついていたなぁ」と思える出来事がありました。

我が家は2人とも、よく「もらい物」をいただきます。

お菓子や野菜のこともあれば、日用品のときもあります。

地震と停電の後にはスーパーから、ティッシュやトイレットペーパーなどの日用品も消えてしまいました。

当然、我が家もトイレットペーパー不足に………

ですが、ティッシュは10箱以上あります。

「こんなに買っていたっけ?」

2人で戸惑っていると、1つ思い出したことが…

それは、連れ合がもらってきてくれた余り物のティッシュ

「もらい物」が我が家の紙不足を救ってくれました。

善意でいただける「もらい物」、日頃から感謝しなければなりませんね。


困ったときこそ「できる範囲」で「できること」


今回の地震と停電では、北国に暮らす全ての方が被災者。

安否不明の方を捜索する自衛隊員の方にも、停電の中帰りを待つ家族があり。

電気の使えない中、何とか工夫して商品を売り出すスーパーの方も、自分で品物を買いたいほどでしょう。

報道では知られていない、それぞれの職場も、地域を支えるために多くの方が働いていたはず。

全員が被災者の中、どうしたらいいのか?

停電と交通以外に大きな被害がなかった私が言うと、大げさなのかもしれません。

もし解答欄があるなら、私は「自分の周りに無理のない範囲で、できることをする」と書きます。

その答えは、何らかの形で自分に戻ってくるのではないでしょうか?


北海道胆振東部地震「文明の明かりが消えた夜」シリーズ↓
www.yu-hanami.com
www.yu-hanami.com
www.yu-hanami.com
www.yu-hanami.com
www.yu-hanami.com




地震後の停電「文明の明かりが消えた夜」〜先に自然で後から文明

別の視点で…自然はそこにあって、文明はあとからできたもの

北海道胆振東部地震(ほっかいどう いぶり とうぶじしん)が起こったのは、9月6日3時08分。

ちょうどこのお話を書いている9月10日は、地震発生から4日が経った後。

震源地付近や、道路が寸断された地域以外は交通機関も復旧し、徐々にですが元の生活を取り戻しつつあります。

今回のテーマは、地震や停電について「どうしたらいいのか」と考えることではありません。

地震と停電で感じた「普段気づけなかったこと」がテーマ。

少しだけ視点を変えて、停電の中で見た星空から感じたこと、買い物の行列の後に働きアリを見かけて思ったことを綴ります。

普段気づけない夕焼けと星空

夕焼け〜リアル三丁目の夕陽?

地震の後の初期対応の仕事を終えて帰宅した花水(hanami)。

換気扇の使えない我が家では、ベランダに灰皿を移動して喫煙所を設けることにしました。

南西向きの我が家のベランダからは、ちょうど夕陽の見える時間。

その日の夕陽は、景色の主役。

昨日まで、明かりが灯っていた建物全てをシルエットに黄色、オレンジ、赤と紫のグラデーションに空を染め上げていました。


星が綺麗…

夕陽が沈む前から1つ、もう1つ、今度は2つと瞬く間に星が輝きます。

夕陽が地平線に姿を消し、空が静かになる間も無く、隙間がないほどの星空。

どこを見ても、星で埋め尽くされた絵画のような夜空。

静寂の中の散歩では、西の空の低い場所に北斗七星を簡単に見つけることができましたよ。

昨年から始めたキャンプで、綺麗な星空を見上げることもありました。

それでも、私が今まで見たことのないほどの星で埋め尽くされた空でした。



困っていたのは…人間

変わらず毎日を暮らすアリ

電力も復旧した3日後の買い物。

偶然、開店間際のスーパーを見かけランタンに必要な単1電池。

余震に備えての保存食品を手に入れることができました。

必要なものが手に入り、帰る前のひと休憩。

車の後ろで休んでいると、ふと足元に目が向きます。

小さなアリが、死んだ青虫をせっせと運んでいます。

私が遠くのスーパーまで、保存食品と電池を買いに行ったように…

段差を乗り越え、ときには後ろ向きになりながら自分より大きな青虫を運ぶアリ。

ふと思います。

アリは全然困ってなく、普段通りの暮らしをできているんだなぁ。


文明が止まって困ったのは生み出した人間

電気が初めて実用化されたのは、18世紀に電池が発明されてからといわれています。

その後、産業革命で広まった蒸気機関から発電機が開発され、今では私たちの暮らしのほとんどを支えてくれています。

最近では、地球温暖化を止めるため車などの燃料を使う機器を電気に変える運動が盛んですよね。

世の中を見渡しても、自分たちで作った電気を使って暮らしている動物は人間だけ。

それを失って、困るのもまた人間だけなのかなぁと思います。


初めからそこにあった自然と生み出した文明

自然は変わらず、変わっていたのは人間

今回は、地震と停電で感じた「普段気づけなかったこと」がテーマでした。

地震と停電の体験談からは、少しだけ視点を変えて考えてみると、思うことがあります。

それは、「自然は変わらず、変わっていたのは人間」。

空をグラデーションで染める夕焼けも、隙間なく散りばめられた星も、初めからそこにありました。

見えなかったのは、私たちが自分たちを照らしていた光のため。

「より便利になる」ことは、「さらに不便になる」こと?

暮らしに欠かせない電気。

電気がなくなっただけで…

もし、1週間以上電気が止まったままなら、きっとこのようにお話しする余裕もなかったでしょう。

停電が起こり、私たちの生活は一時止まってしまいました。

それでも、アリは食料を運び、普通に暮らしています。

「より便利になる」ことは、便利さを失ったときに「さらに不便になる」ことなのかなぁと感じた出来事でした。


北海道胆振東部地震「文明の明かりが消えた夜」シリーズ↓
www.yu-hanami.com
www.yu-hanami.com
www.yu-hanami.com
www.yu-hanami.com
www.yu-hanami.com




にほんブログ村 本ブログへ